子授け観音と千匹絵馬のお寺・方外院のホームページです

千匹絵馬

千匹絵馬

絵馬

 学生なら「合格祈願」「学業成就」、お父さんお母さんなら「家内安全」「身体健全」など、絵馬には様々な願いが込められて神社やお寺に奉納されます。その歴史は古く、奈良時代には絵馬の原型が見られるそうです。
 当山の絵馬は、今からおよそ140年前に、多くの人々の願いのもと、長い年月をかけて完成した大絵馬です。

絵馬1

千匹絵馬の由来

 江戸時代末、安政(1854年~1859年)の飢饉のとき、稲の不作を嘆いた信心深い老人が、ご本尊の如意輪観音様に祈願したところ、「馬の霊が飢えて稲を食べてしまっている。各地から1人1匹の馬を奉納せよ」という霊夢を見ました。そこで絵馬の大額を奉納し、一心に祈願したところ、翌年より豊作が続いたといいます。
 絵馬の記録によれば、明治5年(1872年)8月15日に完成しています。

千匹絵馬の特徴

絵馬2

 本堂の中に入って少し目を上に向けていただければ、千匹絵馬がご覧になれます。
 まず第一に、その大きさが目を引きます。総桐材造りで、横19.42メートル、たて2.24メートルの大きさです。日本国内で最も大きい絵馬ではないでしょうか。
 また、絵馬には、数えきれないほど多くの馬が描かれていますが、それぞれの馬に奉納者の名前が書かれてあります。それによると、奉納者は、地元の方はもちろん、遠くは富士郡芝川町や甲府・山梨市周辺にまで及びます。

千匹絵馬の絵師

 千匹絵馬を描いた人は渡辺天麗という絵師です。天麗は「常陽」とも号していました。文化5年(1808年)に茨城県に生まれ、明治元年(1868年)に甲州に入りました。この時期に当山の千匹絵馬を描いたと思われます。
 明治19年(1886年)12月17日病気のために死去し、瑞応寺(身延町三沢)に葬られました。天麗のお墓は、現在も瑞応寺跡地にあります。

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